踊る相場線

株投資の醍醐味はハイリスク・ハイリターン

孫が遊びに来た。

今年は梅雨に入るのが遅いのか、6月半ばを過ぎても晴れの日が多く雨の気配すら感じることはない。
そんな好天?の中嫁いだ娘が孫を連れて遊びに来た。
この日の為に孫に買っていた三輪車を早速奥の物入れから取り出した妻は孫に乗ってみろと言わんばかりに差し出す。
アンパンマンがお気に入りの孫は早速乗ってみる。
私が子供の頃には、このようなプラスチック・・・FRP製の丈夫で錆びない三輪車などは存在しなかった。あったのは鉄製で重く錆びつく三輪車で、それでも三輪車があるだけでも旦那様の家だったのです。
子供のころ私の家は貧乏でその頃の世間では一般的によくいた飲んだくれの父親でした。
小さい頃は自分が「貧乏」という事には気づくこともなく、貧乏が当たり前だと思って育ったが小学生の高学年あたりになると「人と違うこと」に気付き始める。
貧乏は決して人を幸せにすることはないが、悪いことではない。
ただ、貧乏を悪く扱う人が多くいるだけのことで差別的な対応に問題がある。
私が小学生の頃は特にひどい時代で学校の教師から(あえて、先生と書かないのは先生と呼べる教師に出会うことがなかったから)貧乏というだけで「はっきりと差別を受けた。」と子供心に感じ取れるほどひどかった。
だから、せめて子供には、孫には同じ思いをさせたくないと思っているのです。
物質的な豊かさは欲望という気持ちを満足はさせることができるが、心の成長は望めないことくらいは知っている。
可愛い孫には気持ちの満足よりも、心の成長をしてもらいたい。

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