踊る相場線

現在、低位株を中心とした株投資で老後の生活貯蓄を目論み中。欲をかくことなく堅実に利殖が出来ればいいかな?程度の素人株投資です。

考える事、悩む事、行動する事。
知性と理性と教養をもってしても勝ち続ける事は困難であるが、株投資に挑戦し言い訳のない結果主義に挑戦する。
注目するのは庶民の味方「低位株」です。大化けと高騰に期待して、これからも挑戦です。
人生を共に歩んできた妻との夫婦関係もチラリと書き込んであります。

気になる判決。

長生村で2014年1月、千葉市消防局職員の男性=当時(29)=が車にひかれて死亡したひき逃げ事件で、道交法違反(ひき逃げ)の罪に問われた同村職員男性(40)の判決公判が15日、千葉地裁で開かれ、楡井英夫裁判長は「人をひいたという認識はなかった」などとして無罪(求刑・懲役2年)を言い渡した。同公判で弁護側は「人をれき過したと認識することは未必的にも不可能」などと無罪を主張していた。
 
同公判では、職員が人をひいたとの認識があったかが争点。
 検察側は事故現場の路面状況や被害者をれき過した状況、衝撃、車両の破損状況のほか、警察官らによる実況見分、裁判所による検証などから「人身事故でないと信じるような特段の事情はない。路上に横たわっていた被害者に衝突する時点で、人かもしれないと認識できたはず」と指摘していたが、楡井裁判長は「深夜人通りのない村道で車道と歩道は明確に区分され、車道に人が侵入する可能性は低い。現場に人が横たわっていると想定することは困難」とし「職員は車に相当強い衝撃を感じていたと推認できるが、ごみや木材、動物と認識し、人をひいたと認識していなかったと考えられる」と退けた。
 
事故直後、信号待ちで職員が車を降りて車体の損傷状況を確認したことについては「ごみなどをひいたと思っていた職員が念のため確認しようとしたと考えられる」とし、「衝突の認識まで否認する職員の弁解は信用できないと言えるが、未必的なものであっても、故意とは認められない」と述べた。


実に理解に苦しむ判決ではないか?と考える。
個人的にどちらが正論で、このような判決を希望するという事ではなく一般論が適用されたのか?という事が気になるのです。
そうなると、では一般とは?という事から趣旨説明を始めなければならないのですが今回の判決で言えば気になる文言が「事故直後、信号待ちで職員が車を降りて車体の損傷状況を確認」という部分です。信号待ちで停車時に車から降りる行動から一般的には「かなりの危機感」があることが感じ取れるという事です。
更に「衝突の認識まで否認する職員」ともある。
ではなぜ、衝突を否認した車が信号待ちの僅かな時間で車から降りてまで何を確認しようとしたのか?


このような判決文を読むたびに「青い鳥判決」が脳裏を過る。
裁判官も弁護士も・検察も所詮は人間ということです。
名探偵コナンが言う「真実は一つ」という言葉、人間は人間の良心と呵責には耐えることや逃れることができないという事です。
ついでにですが
検察側は併合審理を求めていたが職員側が併合審理を希望せず、別々に審理されていた。禁錮刑以上の有罪判決が確定すれば、地方公務員法に基づき村職員を失職する可能性もあるという事実。

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